2006年1月現在、第4巻まで発刊。
連載当初はともかく、原作者がどれ程まで関わっているかは不明。
東京都浅草署保安課(後の凶悪犯罪対策本部)に勤務する烏丸響子。彼女は若干16歳にして捜査活動の現場で活躍していた。彼女を支えるのは『鬼』への執着。
「鬼は本当に居る」
その言葉を裏付けるかのように、鬼の手によると思われる凶悪犯罪が急増。その裏には日本の歴史の闇が隠され、それを知る渡会もまた鬼である。事態は彼の手下に過ぎなかったはずの少年・内田によって人間と鬼の双方を巻き込んだ戦争へと発展していく。
原作の広井王子氏については紹介するまでもないのですが、良くも悪くも取られる作品でそれなりの成果を出してきた方であります(文章以外の意味はありません)。ですから、氏についてはここで今更に語るようなことはしません。というわけで、作画のコザキユースケ氏について。
コザキユースケ氏を知ったのは、氏のGIF動画が凄い出来だという評判を私が聞きつけて、氏のサイトでそれを確認し、ついでに一通りサイト内を見回ったときだった。そのときにはもう烏丸響子の事件簿の第一巻が発売されるという知らせが出ていたのだが、そのときはそれで終わった。当時の私が氏の絵を見て思ったことは、自分の好みの範疇であり、かつ漫画的なクオリティの高い性格の絵だな、といったようなことだった。絵というのにはさまざまな性格があるわけだが、ここで私が云っている「漫画的」というのは、動かすと面白い(格好良い)種類のものだと思っていただきたい。趣味的な部分を突っ込んで書くと、とにかく、年配の方の描き方が素晴らしいという点。ゆうきまさみ氏のような飄々としたものではなく(平々凡々とした人たちを面白おかしく描くともいえる)、格好良いけどちょっとだらしない所もある大人を突き詰めた感があって、ゆうきまさみ氏からこういったキャラが好きになった私には、とても魅力的に思える絵だった。特別な新鮮さは無いものの、足元から引っ張られるような、そういった魅力だ。
私は機会があれば氏の作品に触れたいと思ったのだが、随分とで引っ張ってしまった。しかし、それで良かったように思える。第1巻の雰囲気を忘れない状態で一気に第2巻のめまぐるしい展開を目にすることができたからだ。その最たるものは、第2巻のラスト、ビル屋上の内田に向かって響子が「飛んで」行くシーンだ。実際にはビルとビルの壁の間で三角飛びをしているわけだが、「飛んだ」と表現した方がすっきりする。その描写、見開きを含めて3ページにおいて、私はこの作品を読み続けたいと思えた。
アクションシーンの素晴らしさは第4巻において更に極まる。141ページから142ページを恐縮ながら引用させていただくが、――
集中線により奥側に存在感を持たせ、その次に響子が着地。
踏ん張るものの、余りの速度(内田によると亜音速の約半分)に耐え切れず転倒。そのまま体勢を立て直すここまで綺麗に典型を描ける技量は素直に評価したい。
この手の技法は手塚治虫氏がやっていたものとして知られるが(詳しくはアニメーションの歴史などを参照のこと)、現代では絵のインパクトを重視する傾向にあり、あくまでも静が主であり、動はその補完とされている。ただし、これをきちんとできている作家は少なく、『うしおととら』の藤田和日郎氏あたりが有名所だろう。藤田氏はあさりよしとお氏のアシスタントをしていた時期もあるため、その影響であると思われる。
烏丸響子の事件簿の物語自体は広井テイストとでも呼ばれるもので、親近感を覚える世界観の中に異質なものが普通に存在している、といった具合だ。展開自体もこれまた広井氏らしいもので、氏を知っている人は当然のことながら、残虐描写もそれほど露骨なものではなく、昨今のアクション物の水準であるから、余程毛嫌いする人でもない限り、安心して読めると思う。異質であるはずのものが普通という殻の中から抜け出そうとしていく展開というのは、氏らしい王道の一つであると私は覚えているから、その点でも違和感が無かったし、むしろこれまでよりも一皮向けたような感触すらある。私はどちらかというと「え、広井なの?」と思ってしまう種類の人間だから、この点では良い意味で裏切られた。
ネタバレあります。
