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今夜の番組チェック
擬人化するということ
人間というのはとても不器用な生き物だ。しかし、不器用だからこそ、切磋琢磨の末に素晴らしい芸術や技術、作品や人生を創作していく。
擬人化というものがある。辞書で引くと「人でないものを人として表現すること」と出てくる。ネットなどでも昆虫を人間として描いたりした作品などがあるが、夏目漱石の「我輩は猫である」という有名な言いまわしも、ある意味で擬人化といえるだろう。
そういったものの共通した目的、或いは与えうる影響というものには以下のようなものが挙げられる。
・親しみが沸く
・感情がない(と考えられている)ものに人間としての感情を代替的・主観的に与えることができる
・生態を端的に表現することができる
・可愛い
・萌え
・ロマン
後半はほとんど私の意見なので無視していただいて構わないが、重要なのは「擬人化される対象に対しての距離が縮まる」ということである。
ぶっちゃけた話、皆に嫌われているといっても過言ではないゴキブリだって可愛い女の子に擬人化すれば一部のオタには大人気だ。
ごほん。まぁ、今のは極端な話ではあるが、正直なところ、ゴキブリをどんなに芸術的に描こうがゴキブリというだけで敬遠するのが人というものだ。
「いや、そんなことはない。私はゴキブリが可愛くて仕方が無い!」
、という方は恐らくいないはずなのでとりあえず無視したい。無視しないと話が進まない。
これにより、限度はあるものの、普段、距離が大きかったものほど擬人化すると効果が増大する。猫などの場合、擬人化しなくても可愛いものであるし、普段から身近だからだ。つまり、そもそも擬人化する必要性が希薄である。しかしながら、それゆえに万人に受け容れられるともいえる。
先ほど、ゴキブリを例に挙げたが、他には兵器などが手ごろな素材であろう。
兵器。人を傷つけるため、戦争に使われるため、政治家の気休めのため、金をブツに換えておいてどさくさに紛れて売り払われるために作られるそれである。
つまるところ、兵器なんてのは好かれる要素は皆無である。しかしだ、現実に兵器マニアとまではいかずとも、戦闘機マニア、軍艦マニア、銃マニアというのは身近に存在する。これは、戦地にいないからこそ起こる人間の暴力性の帰結点の代替として、或いはデザインへの欲求の表れであろう(多少の偏りはあるだろうが、ミラノのファッションコンクールなどを見てもわかるとおり、兵器に限らず、デザイン性に対する嗜好の偏りなんてのは誰にだってあるのだ)。
さて、ここで重要なのは、前述した「距離」の問題である。
一般人が兵器を手にする場合などそう多くは無い。ましてや、実際に使うとなると、犯罪者の仲間入りでも果たさない限り無理である。
つまるところ、兵器は多くの人間にとって「遠い存在」なのである。遠いからこそ憧れるというのもあろう。「高い山ほど上りたくなる」というのが良い例だ。人間とは不器用な生き物なのである。
ここで擬人化をする必然性というものが生まれうる。
タマちゃんが今現在どこでどうしているなんてのは興味はないが、友人が外国に行っているとなれば心配もするというものだ。月に猿が行ってもあまり心配はしないが、人間となるとそうはいかない。トラブルがひとつ発生したというだけで新聞も大騒ぎ。NASAの技術員はヘッドフォンをかぶりながら硬いチーズの挟まったハンバーガーを友にして、奥さんと子供の旅行に一緒に行けなくなったことを悔やみながら処理作業におおあらわ。次回からは予算も削られ、果ては遺伝子研究に予算をごっそり持っていかれる始末だ。
ハニー、離婚調停は結構だが、慰謝料を減らしてもらわないと僕は飢え死にだ
あなたはいつもそうやって仕事を言い訳にするのね、マイク
失礼、また脱線してしまった。決してアメリカに恨みがあるわけではない。
想像してみてもらいたい。
可愛い女の子が戦争の道具として使われる様子を。
もうね、可哀相で可哀相で見ていられませんよ。東京大空襲のときなんかナパーム落としすぎて上昇気流が発生するわ、煽られて腕(主翼)が痛むし、目(照準機)もかすむ。イタリア戦線じゃあ「未亡人製造機」とか言われるわけですよ。おまけに終戦後は売り(現地処分)までさせられるわけです。
どうよ?
自分の娘がこんなことになったら責任者殴るっしょ!?
これが擬人化の力ですよ、奥さん。
擬人化することによって、実際の使用問題はクリアできずとも、心の距離はオールクリア。おまけに反戦感情にまで目覚めなくもないが、兵器が無くなると擬人化された可愛い女の子が見れなくなるのですぐに萎える素敵なわがまま人間の誕生ですよ。
さあ、あなたも奥深い擬人化作品に触れてみませんか?
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